樅木吊橋と紅葉 五家荘

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九州

五家荘での一日も、そろそろ終わりに近づいてきた。

こう書き出すと、こんな風景が浮かんできそうだ。

五家荘の民宿で、鶏の鳴き声と共に目を覚ます。

朝露に濡れた窓は、陽の光を四方に照らす。

立ち上ってくる味噌の香りに誘われて、ギシギシと鳴く階段を下りる。

遠い日、祖父母の家で過ごしたあの秋のような朝。

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草履に足を入れ、外へ出る。

鶏に続いて、後ろを歩いた。

遅れを取るまいと、絡みついてくる蔦を払う。

裏山で見付けた赤い実を、何かも分からずに拾い上げた。

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五家荘の民宿で、未読のメッセージに目を通す。

開くことのなかったビジネス書を、カバンの奥に仕舞う。

セットしたスマホのアラームに教えられ、ギシギシと鳴く階段を下りる。

遠い日、祖父母の家を去るあの秋のような午後。

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草履に足を引っ掛けかけたところで、引っ込める。

黒い靴下が、目に入った。

自分一人だけを乗せたバスは、余韻に浸る間も与えず、淡々と走り出す。

膝の上のカバンを開けると、ビジネス書の上に置いたはずの赤い実は、本の下に転がりこんでいた。

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五家荘での時間は、そろそろ終わろうとしている。

著 自分

樅木吊橋と紅葉

駐車場から吊橋まで

そろそろもなにも、五家荘エリアに入ったのが夕方近くだったので正味2、3時間程の五家荘。

日々の喧騒から離れ、この話のような長閑な時間を泊まりで過ごしてみたいものだ。

【五家荘 平家の里】を出る前に、吊り橋の場所をチェックし、1番近い【樅木吊橋】へやってきた。

広い駐車場に止まっている車は2台だけ。そのうちの1台には人が乗っていて、既に観光を終えた様子が伺える。

もう1台は無人。吊り橋に人がいる、ということなのでホッとした。

急がないと暗くなるぞ、と早足で向かう。

先ほどの平家の里では、「真っ暗闇の中あの道を走るのは危険だぞ」という恐怖だったが、吊り橋はまた話が別だ。

薄暗さの中で吊り橋だなんて、それも一人だなんて、別の意味の危険が潜んでいる。

一人でどこにでも行くのが好きな私でも、お守りをいくつもバッグに忍ばせている私でも、恐ろしいぞ。

さあ、急ごう。

車を降りて「お弁当」ののぼりの方へ歩く。

このコンクリートの道を下る。

駐車場より先は車両の乗り入れ禁止。

駐車場から吊り橋まで100mほど。

日中はここでお弁当の販売が行われているのだろうか。

左上の赤丸④が平家の里、その右下①がここ樅木吊橋。

相変わらず人の気配はない。

と思ったが、右斜めから二人組が現れた。

右側に見えるのはお手洗い

なぜ斜めから現れたのか気になったところ、2つある吊り橋のうち1つだけを往復したそうだ。

この樅木吊橋は「あやとり橋」と「しゃくなげ橋」の総称。2つの吊り橋が平行に通っているのが特徴。

何故1つしか渡らなかったのか、二人組も急いでいたのだろうか。

それにしても、同じ空間に「同属種」の生き物が存在する安心感とはこんなに大きいものなのか。

ヒンヤリしていた空気に、若干の温度が足されたように感じる。

えっ、でもちょっと待って。

あなたたちは無人の車の主たちでは?

おおおっっっい。私はまだ吊り橋の入り口にも立っていないのに?

この薄がりの中、私を一人吊り橋に残して行ってしまうのかい?

いいのかい?それで。

ーーーー

二人組は駐車場へ、私は吊り橋へ向かって歩き出す。

心の支えを早々に失ってしまった。

樅木吊橋

【樅木吊橋】

【樅木の吊橋】【樅木の吊り橋】

読み方は(もみぎつりばし)。

樅木吊橋、樅木の吊橋、樅木の吊り橋、樅木吊り橋、など表記がバラけている。

樅木吊橋(もみぎつりばし)

Momigi Suspension Bridges

樅木吊橋は、以前はかずら橋で樅木川を渡る生活道として利用されてきました。

現在は、地元の杉や栗の木を使った橋に架け替えられ、 親子橋として上段の大きい方が 「あやとり橋」で橋長72m、高さ35m。

下段の小さい方が「しゃくなげ橋」で橋長59m、高さ17mあります。

この二つの橋は、2本の主ケーブルの上に丸太の床板 (歩行部)を直接のせてあり、橋の安定は下部にトラス状に張った耐風索及び引索によって保たれています。

案内板より

あやとり橋

一人になってまもなく吊り橋の先に到着。

上段の【あやとり橋】

紅葉と吊り橋。おおお、かっこいい。

後ろから急かされることもない。

人っ子ひとり写り込まずにこの写真が撮れる。

体重を左右に移動させながら橋の揺れ具合も確認できる。

またまたこれは、喜ぶべき状況ではないか?!

あんなに人間の存在を愛おしく感じたのも束の間、その存在の無さを貴重に感じる。

左手には紅葉の隙間から除く岩が。

右手にはもう一つの橋「しゃくなげ橋」と川が。

吊り橋から吊り橋を臨む。

なんだこのイリュージョン的光景は。

真下を流れる川。

紅葉のおかげか、太陽はもう見える位置にはないのに、周囲は明るく照らされる。

菅原道真が月夜の梅に抱いた感覚も、きっとこれと同じものだろう。

自然が発する音以外、存在しないこの空間。

いまのこの状況は「リトリート」というやつかもしれない。

静かだ。

すると突然、タタタタタタッと大きな音がしてビクつく。

後ろを振り返るが何もない。

近いような遠いような、どこから聞こえてきたのか分からない恐怖。

下に目をやると、橋に人が居た。

あの音はこの男の子の足音であったのだろうが、どうやったらあんな超高速の音が出るんだ。

テケテケでも現れたんじゃないかとびっくりしたじゃないか、このやろう。

男の子の登場で私のリトリートは終了した。

あやとり橋を渡り終える。

1988年10月施工

先の案内板によると、以前の樅木吊橋は「かずら橋」であったようだ。

平家の落人伝説がある徳島県祖谷の「祖谷のかずら橋」は、源氏の追手が迫った際に切り落として侵入を防げるようにと「葛(かずら)」で出来ている。

ここ五家荘の樅木吊橋が元は「かずら橋」であったのも同じ理由であろう。

渡り終えたところに階段がある。

十数メートル下りると、しゃくなげ橋。

しゃくなげ橋

1989年5月施工

あやとり橋の方が先に出来たようだ。

そういえば橋の先は行き止まりなのに、あの男の子とすれ違っていない。先に同じルートを歩いていたのだろうか。

いや、車は例の2台しかなかったではないか。

緑に侵食されつつある「しゃくなげ橋」。

丸太の隙間が吊り橋っぽくて好きだ。

先ほどより川が近い。

植物も近い。

すると、テケテケ、ではなく男の子が今度は上の橋に現れた。

動きが謎すぎて、同属種が居る安心感はひと欠片もなかった。

頼むから驚かさないでくれ。

私はこの景色を存分に楽しみたいのだから。

水が地層を削ったのだろうか。綺麗なカーブが出来ている。

空には月が登っていた。

【樅木吊橋】

〒869-4512 熊本県八代市泉町樅木

樅木の吊橋 · 〒869-4512 熊本県八代市泉町樅木
★★★★☆ · 橋

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