熊本県の国道445号線を走っていた時、球磨郡相良村(くまぐん さがらむら)で豆腐屋が視界に入ってきた。
車はそのまま走りすぎたのだが、豆腐屋の看板が私の記憶にアクセスしてくる。そのまま素通りしてはいけない気がして、10mほど走ったところで広場に車を停めスマホをいじる。
あった。私の記憶とスマホの中にその豆腐屋はあった。いつだったかここのシフォンケーキが美味しいとのクチコミを見て、気になるスポットとしてチェックを入れていた。
車を下りて店へ向かう。
【親父のガンコとうふ まきの商店】
この看板が無かったら記憶が呼び覚まされる事はなかっただろう。
豆腐を連想させる白い暖簾に、熊本県相良村の文字と家紋風のロゴが格式高い和の印象を与える。
そこに手書き風の「親父のガンコとうふ」が、組み合わせの妙で一つのアートとなっている。
店に入りシフォンケーキがあるか尋ねると、2つ残っていた。一人が食べるだけあれば充分だったので、その1つをいただく。
【しっとりお豆富シフォン】
200円代だったかと思う。
空気のように軽く、少しでも手荒に扱えば潰れてしまいそうなそのシフォンケーキを、お姫様をエスコートする紳士のような気持ちで、繊細なガラス細工を扱うような指使いで車まで運ぶ。
ウィキペディアによると、シフォンケーキケーキとは絹織物のシフォンのように軽いことから名付けられたらしい。
1927年にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスの一介の保険外交員で料理愛好家、ハリー・ベーカー(Harry Baker、1884年 – 1974年)によって、卵白のみを用いて作るエンジェルフードケーキ(英語版)を元に考案され、食感が絹織物のシフォンのように軽いことから名付けられた。
相良村の野山の景色と一緒に、お豆富シフォンを味わう。
蓋のない平たい冷蔵庫に陳列してあった。だからなのか関係ないのか、舌の上にひんやりとした温度が伝わる。
豆腐とも小麦ともつかない曖昧さ、掴みどころのなさが口の中で新しい感覚を生み出す。
それはあの暖簾のように。
シフォンケーキは好きなので、五感すべてでそれがどんなものかは知っていたが、この「しっとりお豆富シフォン」を手にして、シフォンケーキの概念が広がった。
広がったというよりは、シフォンケーキの定義をこのお豆富シフォンに置きたいくらいだ。
こだわりの国産大豆100%の木綿豆腐を全体の約30%使用したしっとりしたシフォンケーキ。
プレーン(1カット:75g):卵、豆腐、薄力粉、三温糖、食用菜種油、塩/トレハロース
親父のガンコ豆腐HPより
商品はオンラインショップでも購入出来る模様。
Google Mapではこのシフォンケーキを評価するクチコミが多々見られる。
そのクチコミの中で「今までで食べたシフォンケーキで一番美味しかった」という書き込みがあり、過去それを見てお気に入りに入れたのを覚えている。
ところが、今そのクチコミを探してもないのである。誰かが今までで食べたシフォンケーキの中で一番だと感じたはずであるのに、その文章を書いたはずであるのに。書いた人はクチコミかアカウントを削除したのだろうか。
それとも、あの文章を書いたのは未来の私だったのだろうか。
私はGoogle Mapにクチコミを書いたことはないし今後も書く予定はないが、あれは私だったように思えてならない。
こうしていま「今までで一番美味しいシフォンケーキ」の記事を書いているのだから。